宇多田ヒカル「Fantôme」の感想文。
書かねばなりますまい。
宇多田ヒカル通算6枚目となるオリジナルアルバムです。
が、前作からは約8年の期間があります。
そう、宇多田ヒカルは2010年に「人間活動宣言」をした。
15歳での鮮烈なデビューからトップアーティストとして走り続けていた彼女が初めて「休養」を選択したのだ。
考えてみて欲しい、僕達が青い15歳だったとして、歌い出しの歌詞に「最後のキスはタバコのフレーバーがした」なんてフレーズを書くことが出来るだろうか…。そしてそれを超一級の名曲に仕立て上げられるだろうか…。
誰もが通る「15歳」というあまりにも若いタイミングで彼女は「革命」を起こしてしまったのだ。彼女の出現以降のJ-POPはハッキリとその歴史を変えてしまった。
きっと我々では想像できないような経験をし、いろんな景色を観てきたのだと思う。
その"色々"を確実に消化する期間はむしろ"必然的"だったのだろう。
この「人間活動」の期間、彼女自身…そう「人間」としての彼女自身には沢山のことが"起こった"。
結婚、妊娠、出産。そして、母親の死…。
あまりにも濃厚で、言葉では言い表せない様な経験…。
それを彼女は「音楽」にした。
まずそのことだけでも賞賛を贈りたい。
すげーよ、ほんとすげーよ…。
ここ数日、復習も兼ねて彼女の過去の音源をシャッフルで聴いてみた。
違う。まるで違うのだ。
今作「Fantôme」にはこれまでの彼女の作品には無かった色彩があるように思うのだ。
おそらくそれは「遺影」の様なアートワークの色…「モノクロ」な色彩ではないかと。
宇多田ヒカルの音楽は時にカラフルで、時に煌めいているような色彩を僕達に与えてくれた。
それはまるで夢の中の世界のようで、いくつかは幻想的でもあった。
だけど今作はどうだろう。
これまではどこか遠いところの音楽に思えたのだが、「Fantôme」は、僕らと地続きの場所で鳴っている様な気がするのだ。
シンプルで無駄のないサウンドメイクや、いつにも増してリアリティを帯びている歌詞世界。そしてスッキリとしていつつも憂いを帯び、哀愁を漂わせているボーカル。
耳元で、枕元で、助手席で、お風呂場で。
すべてが、そんな我々の生活の中に溶け込んでしまえるような距離感で鳴っているのだ。
そして今作に漂う「死」の香り。イケナイ雰囲気がある「ダーク」な香り。
深みにハマればすとん、と堕ちてしまいそうなくらいのエネルギーも含んでいる。
"光"にも思える「白」と、どこまでも深い「黒」。
両極端の世界の中で、確かに聴こえる声、吐息。
だけどその世界観は決して一辺倒にはならず、椎名林檎をはじめとする他のアーティストとのコラボレーション楽曲で聴く側を飽きさせない。
そのコラボレーション加減も絶妙で、「オレがオレが」にならずに、アーティストを尊重した歌唱配分であったり音量バランスだな、と感じた。
特に「二時間だけのバカンス」のバランスが素晴らしい。椎名林檎の声がめちゃくちゃに気持ちいい。
「ともだち」での小袋成彬氏のコーラスワーク、「忘却」でのKOHH氏のラップも非常に洗練されている。
そう、「道」の歌詞にもあるように
「It's a lonely road,But I'm not alone.」なのだ。
彼女の道は彼女しか歩けない。
だけど、誰かと手を取って一緒に音楽を奏でることが出来る。生きることが出来る。
我々は「生きている」のではない。
「生かされる」のだ。必要とされ、求められて。
亡くなってしまった命も、自分の中に必ず生きている。
それが自分を生かしてくれ、前へと進ませてくれる。
「道」で伝えたかった思いは、「Fantôme」というアルバム全体にも込められていたのだ。
時には重たく、濃く、重量のある作品だと思う。
だけど彼女の"声"がそれを軽くしていると感じた。
聴き終えてしまえば意外にも風通しの良いアルバムなのだ。不思議なことに。
「Fantôme」というアルバムタイトルに対して彼女は次のように語っている。
今回のアルバムは亡くなった母に捧(ささ)げたいと思っていたので、輪廻(りんね)という視点から“気配“という言葉に向かいました。
一時期は、何を目にしても母が見えてしまい、息子の笑顔を見ても悲しくなる時がありました。でもこのアルバムを作る過程で、ぐちゃぐちゃだった気持ちがだんだんと整理されていって。「母の存在を気配として感じるのであれば、それでいいんだ。私という存在は母から始まったんだから」と。
そうしてタイトルを考えていくうちに、今までのように英語というのはイヤで、かといって日本語で浮かぶ言葉はあまりに重過ぎて、「フランス語が合うね」という話になって。
そこからいろいろと模索した末に、“幻“や“気配“を意味する“Fantome“という言葉に突き当たり「これだ!」と思いました。
悲しみと向き合う覚悟と勇気。
そして尊敬の念と慈しみ。
だけどまるでこの独特に重い空気感でさえも「幻」ではないだろうかとさえ思える心地よさ。
そのセンスはやはり唯一無二で、かつ完璧な出来上がりだと思う。
音楽が好きな沢山の人に触れて欲しい作品だと思うし、そうでなくても確実に心に残るものがある作品だと思う。
このアルバムが発売されたこの2016年に生きていて良かったと思った。
このアルバムを作ってくれて本当にありがとう。サイコーです、ヒカルパイセン。
ヒカルパイセンのアルバム聴きながら10枚インポートしてるけど、やばいなこれ。なんやこのアルバム。物凄いぞこれ。
— mscr (@syozopanda) 2016年9月28日
とても重厚で濃厚なアルバムなのに、不思議とサラリと聴けてしまった…。素晴らしすぎる。
— mscr (@syozopanda) 2016年9月28日
全部好きだけど、「道」と「2時間だけのバカンス」と「ともだち」がビビッと来た。既発曲は言うまでもなく、いとをかし。
— mscr (@syozopanda) 2016年9月28日