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音楽の事をあんな視点、こんな視点から綴ります。

NeriKeshi.

クラス一の優等生であり育ちの良いNくんが、なにやら不思議なもので書いた字を消していた。

そう、クラスでは「練り消し」が大ブームだった。

練り消しとは、まるで柔らかい粘土のような消しゴムの事で、それまで「消しゴム=固いゴム」という概念を覆した画期的アイデア商品である。

それはすぐに私が通う小学校全体で流行り、違う地区の学校でもおそらく流行り、程なくして街から練り消しが「消えた」。売れすぎたのである。

今になって思えば「なにがおもろいねん」という商品であるが、「学校ヒエラルキー」の中では「他人が持っていない新しいものを持っている」という事はステータスであり、憧れの対象となった。

 

そして世は空前絶後の練り消し時代へと突入する。

離れた県で奇跡的に売れ残っていたものを購入するもの、兄姉から受け継ぐもの…は、選ばれし者だ。

練り消しカーストの中層から底辺の人間は「自作」に励むことになる。

普通の消しゴムから出た消しカスをせっせせっせとひとまとめにし、ねりねりねり、とひたすら練る事により、練り消しに勝るとも劣らない柔らかさを生み、似非練り消しを作ることが出来るだとか、消しカスとクレヨンを混ぜると色付きの練り消しが作れるだとか(消しカスと何かを混ぜる、というのは他にも色マジックや硬派な人間は墨汁などにもトライしていた)、そういった「DIY練り消し」までもがブームとなった。

我々はとにかく「ねりねり」出来れば良かったのだ。

 

そんなある日、クラスメイトのSくんがある発言を行う。

 

「練り消し、ウチにめっちゃあるよ」

 

Sくんは背の低いひょろっとした男子で、肌は浅黒く、少し不潔な男だった。

首元がヨレたブカブカのTシャツばかりを着、そのTシャツたちは何故だかいつもほんのりと汚れていた。

 

「うそだー」「うそつけー」

私たちは口々にSくんを笑った。だって、どこにも売っていないし、これだけ自作練り消しが流行ってる。めっちゃあるだなんて、「そんなはずはない」んだから。

それでもSくんは「え、いらないの?あげるのに」と続ける。

練り消しが欲しいのは誰もが同じである。それが「貰える」となると話はまるで違う。

「まじかよ!」「え、まじ?」「やべー!」

私を含め、友人たちは大いに盛り上がる。疑いと期待を半々に含ませながら。

どうやって手に入れただとか、そういう細かい質問には「兄ちゃんがいるから」とか、そういうぼやけた返事をしていた。

 

そうこう話している内に、誰かが言う。

 

「え、家、行って良い?」

 

私達が実際にSくんの家に行けるまでにはしばらく日数が掛かったと思う。

「今日は親が」「ばあちゃんが」「でかける」等と何度も断られたが、我々は諦めなかった。だって、あの練り消しが好きなだけ貰えるんだから。

 

ある日、我々の熱意に負けたSくんが自宅への訪問を許可する。

彼に選ばれたのは前々から仲良くしていた私を含む2〜3人だったように思う。

 

Sくんの家は私の家から歩いて3分ほどの距離にあり、場所は前々から知ってはいたが、足を踏み入れるのは初めてであった。

Sくんの家は古い平屋だった。

砂利が敷き詰められ、奥には雑草がぼうぼうと生えている駐車場を兼用しているであろう狭い入り口の、向かって左側に家屋があった。

 

「ちょっと今ばあちゃんがいるからこっち」Sくんは我々を誘う。

家屋から見て正面、つまり入り口から向かって右側に、掘っ立て小屋のようなプレハブ倉庫のような建物があった。何も言われなければ倉庫としか思わなかっただろう。

薄い引き戸を開けた先には薄暗い、なにやら秘密基地のような空間があった。

すこし埃っぽいが、誰かがここで生活を営んでいるのを確かに感じた。よく見れば座布団や布団、小さいイスなどが雑然と置かれている。私たちは促され各々に即席の居を構えた。

Sくんは言い訳がましく「ばあちゃんが出てったらな」とだけ言い、慣れた手つきでカチッとスイッチを入れる。

ファミリーコンピューターだ。えんじ色と白という目立った配色をしているはずのゲーム機も、この薄暗い空間で見るとそこにあるということに全く気が付かなかった。

(ステルス)ファミリーコンピューターは、今で言うとiPad miniくらいの大きさのブラウン管に繋がれており、画面は「ディグダグ」のタイトル画面を映し出していた。

 

私たちはしばらくディグダグに興じた。

穴を掘り、敵を避け、穴を掘り…その繰り返し。

プレイしたことがある人は分かると思うが、ディグダグは友だちと遊び、競い合うようなゲームではない。淡々と、あまり代わり映えのしないゲーム画面の中のドット絵を追い続けるゲームだ。ひとりで黙々とプレイするならば楽しいが、友人数人と遊ぶにはあまり向いていない。

そもそも、私たちが求めているのは「練り消し」であって「ディグダグ」ではない。

RFスイッチで接続されているであろうブラウン管の映像は荒く、我々を苛立たせるには十分な機能を果たしていた。

 

「練り消し、どこにあんの?」

たまらず、誰かが聞く。

「家にあんの?持ってくればよくね?」

続けて聞く。

 

「いやー、屋根裏にあるんだよね」

Sくんは素っ気なく応える。

 

は?屋根裏?なんで?

…とは、何故か誰も聞けなかった。へぇ、屋根裏ならばあちゃんに見つかったらやばいよねーなんていう意味不明の納得をした。その場に居た誰もが。

 

それから我々は黙々と画面の中のドット絵を掘り、堀り、掘り…。

やがて日が暮れる。

そして「今日は無理ばい」と言われ、解散と相成った。

 

それからは、学校でも誰もSくんの練り消しに触れなかった。

Sくんの古びた平屋の屋根裏にあるという大量の練り消し。

それが果たして本当だったのか、嘘だったのか。

それはもう時間という膨大な力に流されて行き、未だに謎のままである。

 

あの日の事を思い出すと、不意に笑ってしまう。

何故私たちは練り消しが屋根裏にあるということ、それを取るのにばあちゃんがいたらダメだということを疑いもなしに納得してしまえたのだろう。

 

その時の具体的な空気感やどういう気持で帰宅したのか、なんていうのはもうすっかり覚えていない。

 

そう、まるで練り消しで消されてしまったように…。

 

おわり。

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