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音楽の事をあんな視点、こんな視点から綴ります。

おかえりなさい。【鬼束ちひろ「Tiny Screams」を聴いて】

鬼束ちひろのライブ盤「Tiny Screams」を聴いた。 

Tiny Screams

Tiny Screams

 

帰ってきた。と思った。

彼女の代表曲である「月光」や「流星群」等といった楽曲を発表していた2000年代初頭の彼女が。

 

鬼束ちひろというシンガーは『アーティスト』である。

作品を越えて、私生活までもがアーティスティックで劇的だ。

鬼束ちひろ」というワードで検索すると色んな事件や言動、写真が出て来ると思う。

恋人にDVされていたり、某大物タレントを「殺してぇ」とツイートしたり、悪い魔女のような出で立ちでテレビに出演していたり。

ファンは永らくそんな姿を見せつけられていた。

「あの頃の私は本当の私じゃない、今の自分こそ本当でリアルなのだ」と彼女は僕らに訴え続けていた。

その姿は非常に痛々しく、我々を落胆させていたと思う。少なくとも僕はそうだ。

 

だけど、彼女の歌はいつでも聴いていた。

インソムニア」「This Armour」「Sugar High」という初期の三枚は未だに新鮮味を持って聴くことが出来るし、今でも純粋に感動することが出来る。

「ULTIMATE CLASH」というライブ映像を繰り返し観ては、「それでも」と、次回作に期待を膨らませていた。

「LAS VEGAS」という非常に不安定なボーカルが収録されているアルバムは何度か聴いただけで初期の三部作の様に繰り返し聴くことは無かった。というか、出来なかった。

「DOROTHY」というアルバムは世界観に上手くハマれず、これも聴くことが出来なかった。(改めて今聴くと、とてもいいアルバムだと思う)

カバーアルバムである「FAMOUS MICROPHONE」、そして2011年に出されたアルバム「剣と楓」は全然意味が分からなかった。

やりたいことは分かるものの、何よりも明らかに「声」が魅力的ではなくなっていたのだ。

 

早い話が、僕は「鬼束ちひろロス」に苦しんでいた。

それはただシンプルに「僕が求めているもの」と「鬼束ちひろが与えるもの」の齟齬があっただけなのかもしれないけれど、どの曲を聴いても僕は満足できないでいた。

 

そして今回発表された「Tiny Screams」である。

その収録曲を観て驚いた。初期の三枚から「DOROTHY」あたりまでの曲を中心にしていたからだ。それでも一抹の不安は残っていた。

FNS歌謡祭である。

2016年12月に放送されたFNS歌謡祭にて彼女は「月光」を歌った。

昔ながらの黒髪、裸足、で。

しかしそのアクトは観ていて苦しいものだった。身体はぶるぶると震えていて、その震えは声をも震わせていた。ラストでは裏返りもした。

上手い下手というものではなく、観ていて「苦しかった」。それさえもパフォーマンスと捉えられなくは無かったが、求めているものでは無かった。

 

その映像が頭に残っていた。

「Tiny Screams」の収録曲はとても魅力的だったものの、購入を躊躇わせるには十分過ぎた。それくらいのものだったのだ。

 

だけど、このアルバムは「聴かなくてはならない」と誰かが僕に強く訴えていた。そんな気がしただけなのだけど。

 

同じく「鬼束ちひろロス」に苦しめられていた母に「こんなアルバムが出るよ」と教え、「どうしようか」と2人で相談をした。

そして、購入した。DVDが付いている初回盤である。

 

一曲目「月光」を早速聴いて驚愕した。これこそが鬼束ちひろに求めていたものだと思った。そうだ。この「歌唱力」こそが彼女に求めていたものだ。

 

「LAS VEGAS」以降の彼女のボーカルは明らかに線が細くなっていた。なんだか間延びして聴こえた。

そして細かい音符の移動が不器用になっていたと思う。例えばフェイクを使用するときなんかは特に。不自然に感じてしまうのだ。

端的に言えば「抑揚が無い」ということだと思う。

昨今ではボーカロイドやオートチューンという「抑揚の無さ」がウケる事もあるが、彼女の歌にはそれは求めていない。

あんなにも表情豊かだった歌が「のっぺり」としてしまっていた。曲がどんなに良くてもそれではサラリと流れていってしまう。

(彼女の抑揚を知るには「Sign」という楽曲が素晴らしく分かりやすい気がする。)

 

だけど、「Tiny Screams」にはそれらが全くない。

もちろん初期のボーカルと全く同じかと言われればそうではない。だけどこれは彼女の「進化」である。「進化」として受け入れられるものなのだ。

初期にある、歌い終わったら今にも死ぬんじゃないかというくらいの殺伐とした空気感は薄い。が、変わりに、紆余曲折を経たであろう彼女ならではの温かみがある。

その温かみで「I am GOD'S CHILD.(私は神の子供。)この腐敗した世界に堕とされた。」というフレーズがまるで違う意味に聴こえてくるよう。

 

「月光」がこれだけ歌えるのならもう何も心配はない。

「眩暈」「流星群」「私とワルツを」「BORDER LINE」といったファンの間でも人気の高い曲達も美しく歌いこなしている。

 

聴いていて「おかえりなさい」と何度も思った。

気付けば10年近く苦しめられていた「ロス」は消え去り、その空いた隙間を埋めるように、今鬼束ちひろばかり聴いている。

 

「Tiny Screams」を聴いて初めて良いと思えた曲があった。

「everyhome」や「MAGICAL WORLD」だ。

どちらも「LAS VEGAS」に収録されている曲で、正直、このライブ盤で完成されたと思うほどに素晴らしい。(「LAS VEGAS」はいつか新しく録り直して欲しいな…コバタケ抜きで)

 

そしてライブは過去の曲から現在に追いついてくる。

完全復活を謳った「goodbye my love」や初期の作品をプロデュースしていた羽毛田丈史氏と13年ぶりにタッグを組んだ「夏の罪」。

過去の作品に頼らずとも、こんなにも素晴らしいものを届けてくれる。それは「シンドローム」という作品にも抱くことが出来る思いだ。

 

「Tiny Screams」は鬼束ちひろの現在位置とファンが待っていたものが過去最高に噛み合った究極のベストアルバムと言っていいと思う。

僕と同じような理由で彼女の音楽を聴けなくなってしまったファンには是非とも聴いて欲しい作品だ。きっと満足出来ると思うし、彼女への愛情が復活すると思う。

最高のアルバムです。

最後にもう一度。「おかえりなさい。」

 

 

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