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音楽の事をあんな視点、こんな視点から綴ります。

ポケモンGO否定派に伝えたいKIMOCHI。

ここ数日のブログのアクセス数ががくんと減っている。

そう、ポケモンGOの配信日からだ。

聞けばポケモンGOの登場により、他のスマホゲームではログイン数が減っているのだとか。ウソかホントかは定かじゃないが。

全世界でのダウンロード数はまさに「快挙」と言える数字で、TwitterをはじめとするSNSサービスでは専らポケモンGOの事がタイムラインを埋めている。

 

現実世界にしたってそうだ。

街を歩けばそこかしこにスマートフォンを見ながら何かに夢中になっている人々が簡単に見つかる。

「ここのジムリーダー強いな…」なんて親に向かってぼやいている子もいる。

 

ポケモンGOはただのゲームではない。

バカバカしいただのゲームだと思っている人がいるとしたら、それは明らかな間違いである事を知って、そして認めて頂きたい。

 

まずこのゲームは「移動」を前提としている。

実際に、自らが場所を移動する事でアイテムを貰えたり、ポケモンをゲットする事が出来るのだ。

家に居て、ただ画面を眺めているだけでは少しも面白くない。

 

そして「ポケストップ」や「ポケモンジム」。

これらは実際の場所を「そう設定して」いる。

例えば近所の〇〇郵便局という場所が、ポケモンGOを通して見ればポケストップやポケモンジムになっているのだ。

よく知っていると思っていた近所をポケモンGOを通して見ると、存在を知らなかった小さい神社や石碑があったりする。そこがポケストップになっているからこそ、分かるのだ。

 

大事なのは、将来ポケモンGOがいずれ世間に飽きられたとしても、そこが神社だという事は変わらないという事。

ポケモンジムを攻略しようと躍起になっている子供たちは忘れないだろう。そこが神社であり、ポケストップであったことを。

 

思い出は場所とともにある。

「あそこに神社があるんだよ」と聞いただけの知識と、実際に歩いて、見て得た知識とでは情報量が違う。

そんな知識や移動の労力を「所詮ゲームだろ?」と、「無駄だよ」と、あの子供たちに果たして言えるのだろうか?

 

しかしこれだけの流行である。

流行の裏には必ず天邪鬼がおり、よく知りもしないまま軽々しく否定をする。

「無駄だよ」「バカバカしい」と。

 

否定する彼らに言いたい。

「無駄だよ」「バカバカしい」とわざわざ否定すること自体、あなたにとっては無駄じゃ無いの?と。

 

これはポケモンGOに対してだけでは無い。

「否定」する事は簡単だが、そうするにはその事をきちんと知らなくてはいけない。感情論だけで否定してしまうのはあまりにも失礼だからだ。

 

椎名林檎氏が「透明人間」という曲の中で

「何かを悪いと云うのはとても難しい 僕には簡単じゃ無いことだよ」

と謳っている。そして

「一つ一つこの手で触れて確かめたいんだ 鮮やかな色々」

と続く。

 

もしかしたら一時のブームでしか無いかも知れない。

飽きた飽きたと言う人間がぞろぞろ現れるかも知れない。

 

でもさ、ポケモン世代の僕には嬉しくて仕方ないんだよ。自分の部屋に、住む街に、あの頃白黒の液晶越しでしか見えなかったポケモンが映っている事が。

 

どうかその手で触れて、鮮やかな色々を感じてくれたらな、と思うのだ。

 

と、別に否定派にそこまで憤りがあったわけじゃないのに、気づけばそこそこ書いてしまった。夜のせい。

 

最後に。

ロコン、かわいい〜!!!!!今朝ゲットした〜!!

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