「バッファロー'66」を観たんです。
こんちわ。どうも、僕です。
「HIRAMEKI」の制作が終わったら登録してみようと思ってた「Hulu」にやっとこさ加入してみました。
これについても一記事書きたいのでひとまずそれは置いといて。
そのHuluにて配信されている「バッファロー'66」を観ました。
ずっと気になりつつ、なかなか観れてなかった映画です。
まずあらすじは…
5年の刑期を終え、刑務所から釈放されたビリー・ブラウンは、ニューヨーク州バッファローの実家に戻ろうとするが、長年の溝がある両親には電話で刑務所にいたことは話しておらず、電話で「政府の仕事で遠くまで行っていた」と偽り、さらに勢いで「フィアンセを連れて帰る」と嘘を並べてしまう。
フィアンセどころかガールフレンドもいないビリーは、トイレを借りた建物の中のダンス教室でレッスン中だった少女レイラを拉致して、自分の妻のふりをするよう脅迫する。しかしビリーには実家に戻るだけでなく、バッファローでほかに真の目的もあった。
…こんな感じ。
果たしてこの先どうなるのか、気になりますよね。
この先はいくつかのテーマに沿って感想を書いてみます。※ネタバレ注意!
映像、音楽。
この作品ではあえて古いカメラが使われたのだとか。その効果か、映像に独特の質感がありますね。
そんな少しレトロな映像に加え、メインの画面の中に違う画面をインサートする…詳しい技法名は分かりませんが、良く言えばオシャレな…悪く言えば少しダサめなカットが何シーンかあります。
例えば過去の回想シーンに突入するのに、真ん中から過去の映像がグーンとズームアップして来たり、現在に戻る時はそれがズームアウトしていったり。
あとは長めのスローモーションとか謎のダンスシーンとかね。
そうそう技法が所々ありつつ、「間」もすごいです。
この「間」に関しては僕は好印象でしたね。とてもリアルで…どちらかといえば日本映画のような間です。実際の会話ってこのくらい間があるよなーみたいな。
(実際wikiによると、小津安二郎作品の影響を受けていたのだとか)
映像と間。それによって出来る「空間」の作り方がうまいなぁいう印象でしたね。
音楽もオシャレ…というか、効果的だったように思います。詳しい方が観れば「この曲をここで?!」等というシーンがあるそうなのですが、僕はどの曲も知らなかったのでスーッと入ってきました。キング・クリムゾンやYesといったプログレミュージックですね。
個人的に印象的だったのは冒頭で流れるピアノ曲。間をしっかり取った、少し不気味で、でも不思議と綺麗な曲。あの曲のおかげで映画の世界観にグッと入り込む事が出来ました。
全編を通して、(音像的に)暗いBGMが多かった様な気がします。改めて聴けばそんな事もないのかも知れないけど。
あくまで音だけで聴くと、内容に寄り添うダークかつ、美しさのある曲達だったと思いました。
キャラクター、ストーリー。
この映画はキャラクター造りが濃いと思いました。特に主人公であるビリーとその両親。
両親と食卓を囲むシーンはイカレてますね。狂ってる。
ただ、あれはビリーの中の両親の像なのだと思う。ビリーの中で構築されてしまった両親のイメージ。
もちろんその場で起こっているのは本当の会話ややりとりなのだけれど、映画として、そのイメージを誇張して表しているのだと思う。
「バッファロー」というチームの優勝を息子を産んだせいで観られなかった、だから産まなきゃ良かったとまで言うアメフト狂いの母親。
食卓に置いてあるナイフの向きが自分を向いているというだけで狂ったように怒り、怒鳴り散らす情緒が不安定な父親…。
そんな両親の元で育ったビリーは著しく屈折した物を自分の中で育てる事になるのですね。
それが「愛情」なのだと思います。
子供の頃にまともな愛情を受け取ることが出来なかったビリーは、自分の感情を上手くコントロール出来ない大人になってしまった。
だから例えば、我慢している小便を出来ないだけで怒り狂う等という事が出来てしまうのです。
それが、レイラという聖母のような女性に出逢う事で物語…いや、彼の人生は変わります。
…と。
「そうか、ビリーは愛が分からないヤツなんだ、可哀想なヤツなんだ…」という事に気づいたのは映画が始まって1時間30分経った頃でした。
それまでは「こいつの情緒もやばいな…イカレてるわ…」としか思えませんでしたから。
そう、だからこの映画は「愛を知らない男が初めてそれに触れる瞬間を描いた最強の純愛映画」なのだと思います。
でもきっとそれを知らずに観た方が良い。同じように「なんやこいつ、頭おかしいんか…」って思いながら観た方が。
そして、そんなビリーの本質が理解出来ると、すべての言動、挙動がとても愛しいものとして浮かび上がってきます。
実はとても親思いの、世界一ピュアで繊細で真面目で優しい人間なのだということが。
ビリーが放つ悪態や汚い言葉は、愛情の渇きから来る虚勢なのです。強がりなのです。
だからラストのコーヒーショップでの彼はもう可愛くて仕方ない。観てるこっちが恥ずかしくなっちゃうくらい。
それを、この映画では決して多くを語らずに表現しているのです。それがすごい。
総評。
実はこの映画。監督、脚本、音楽、主演を同じ人物が担当しています。ヴィンセント・ギャロ氏ですね。
だからこれはジャッキーチェンかってくらい「俺が俺が」な作品なんですね。いやジャッキーチェン大好きだけど。
でも決して嫌らしくなく、とても自然なものとして観ることが出来ました。不思議です。
だからこれはある個人の非常にパーソナルな作品なのだけど、誰もが心の中に持つピュアでイノセントな部分を震わせる事が出来た傑作なのだと思います。
1回目よりも2回、3回と観た方が楽しめそうです。こんな作品を「名作」と呼ぶのでしょうね…。
そして、ヒロイン役のクリスティーナ・リッチがめちゃくちゃ可愛い。エロ可愛い。エロキュート。キューティ。もう、キューティなハニーです。
彼女の存在無しではこの映画は成立してなかったかも…とまで思えてしまうほど、魅力的ですね。
あとビリーのファッションがかっこいいですね。スラっとしてて、ライダースがとても似合っています。自分もあれくらい華奢だったらなぁと思いました。
そんな訳で!
観終わったあとに、ふっと心が暖かくなるような、余韻の深いこの「バッファロー'66」。みなさまも是非観てみてくださいませー!